●小ネタ(1)
長崎市から吉野ヶ里遺跡・・・そして豆腐アイスを食べて。


高速道路もちょっとしたドライブ気分です。上の写真は関門橋を通過している時のものです。まだ早朝で薄暗く、少し天気も悪かったのですが、福岡を過ぎたあたりから空模様も回復して来ました。ちなみに関門海峡とは『北九州市・門司区』と『山口県・下関市』の間にある28Kmの海峡で『瀬戸内海・周防灘』と『日本海・響灘』をむすんでいます。小学校の社会科みたいでしょ(笑)下の写真は長崎近郊のパーキング・エリアで食べた『かまぼこ』です。広島人の僕は驚きました。『かんぼこ』と書いてあったので、何かな?って思って食べてみると『かまぼこ』でした・・・広島では『かんぼこ』とは言いませんね・・・カルチャー・ショック(大げさ?)でしたが、大変に美味しかったですよ。


『グラバー邸』です。英国商人の『トーマス・グラバー氏』の邸宅としてあまりにも有名です。1863年(文久3年)に建てられたこの邸宅は、日本で最も古い西洋木造建築物として文化財に指定されています。かの有名な西郷隆盛と坂本龍馬の間で協定がかわされ、薩摩藩が長州藩の代わりに武器を調達する事になったそうですが、その際、主な武器の購入先が、このグラバー氏が経営する『グラバー商会』だったそうです。なんだか、結構ドロドロしたビジネスの会話が聞こえてきそう・・・(苦笑)ちなみにこの写真の建物はリプロダクション(VESPA屋風表現?)で、喫茶になっていますよ。





グラバー邸の中には気の利いた資料館もあり、この写真のようなアンティークの蓄音機や、古いアニメグッズなども展示してありました。勿論、全て本物です。欲しい・・・



誰もが知っている『オランダ坂』です。希望に胸を膨らませて行ったのに、あまりにもフツー過ぎて何も特筆すべき点がありません。歩く気力も失せ、坂の途中のお土産物屋の前で撮ったのがこの写真です。日本には『3大がっかり名所』があるのを知っていますか?『その@=沖縄の首里城の守礼門』『そのA=札幌の時計台』『そのB=高知のはりまや橋』となる訳ですが、どれか一つ格下げして、この『オランダ坂』をランクインさせたいモノだ!



こちらは『吉野ヶ里遺跡』に入る為の鳥居?とでも言う物なのでしょうか・・・当時の物を再現していると聞きましたが、そうだとしたら弥生人は凄いですね!上の部分の3羽の鳥に注目!



一見、映画のセットか、CGで製作した合成写真のようにも見えますが,そうではないですよ(笑)なんだか、タイムスリップして弥生時代に迷い込んだかのような錯覚にも陥りますが、真っ青な空に手が届きそうな雲がそうさせているのかもしれませんね。
この大きな建物は『主祭殿』と呼ばれている物で、当時の指導者達の会議室だそうです。また、最高司祭者が儀式とかにも使用していたそうです。


資料を展示してあるところにはビデオルームがあり『吉野ヶ里遺跡』の発見から発掘までを紹介した国営放送のドキュメント番組、『プロジェクトX』がヘビーローテーションされていました。『風の中のす〜ばる〜』って聞くと、何だか眉間にしわを寄せて『物を考えるフリ』をしてしまうのは僕だけでしょうか?

 僕の趣味はビートルズと旅行(笑)海外旅行ばかりではなく、頻繁に国内の小旅行へも行ったりします。でも、わざわざ時間を空けて行くのではなく、VESPAの納品の際に最寄りの観光地、名所、旧跡に立ち寄るというパターンが殆どです。
例えば・・・大阪にVESPAの納品があれば、京都まで足を伸ばしたり、その後、広島に戻る途中に神戸の元町に寄って見たりと、結構プチ観光する事があるのです。

 このコーナーでは、そのほんの一部ですが、VESPAの納品の際に、ちょっと足を伸ばして見た場所ばかりを『小ネタ』と言う形でご紹介させて頂きます。 案外近くにあったりしますね、素敵な場所が・・・
 こう景気が悪いと安近短が一番かもしれませんね?(笑)


 納品=VESPAを持って行く訳ですから、当然トラックに乗って行きます。 必ずと言っていい程、高速道路を通って行くのですが、案外『あっ!ここなんだ〜』って言う、どこか聞き覚えのある知名のインターチェンジに遭遇する事もしばしば・・・
僕の住んでいる広島で例えますと『宮島ここで降りる』とかご丁寧に書いてあったりしますよね。
 建前上『納品』とは言っても、実際は半分以上『旅行気分(笑)』ですから、 聞いた事のある地名(観光地)だと、すぐにそのインターチェンジを降りて見に行ってしまったりします。
 以前、ど〜言う訳か長崎市にご縁があり、納品の為に2週間も続けて行った事があります。
 長崎市と言えば、我が広島と同様、鬼畜のアメリカ人により、核爆弾を落とされたと言う共通の悲しい歴史を持っています。
また、それと同時に異国情緒漂う魅力満点の街と言う側面も持っています。
 もっとも、ボキャブラ(死後?)のない僕などは、長崎=皿うどん、長崎ちゃんぽん、グラバー邸、隠れキリシタン、・・・と、まぁ、思いうかぶ内容の貧相な事・・・(苦笑)


『大浦天主堂』です。1865年(元治2年)に建築されたカトリックの聖堂です。気品と風格のある大変に美しい建物です。『天主堂』とはカトリックの聖堂を中国風に呼んだ物だそうで、俗に『フランス寺』とも当時は呼ばれていたそうです。古くから異国との交易の窓口だった長崎ならではの表現ですね。もっとも、本当の名前は豊臣秀吉によって殉職をとげた、二十六聖人に捧げられた物で『日本二十六聖人殉教者天主堂』と言うそうです。
実は僕はここでカバンを置き忘れて紛失・・・しかし、その事に気がついたのはかなりの時間が経過してからでした。途方にくれて、半分諦めてインフォメーションに言って事情を話してみると・・・・・何と!すでに僕のカバンが落し物として届けられているではないか!!本当に神様がいると思いましたよ!

 実際のところ、長崎市内でVESPAの納品を終えたのがお昼過ぎ、この時間から観光出来るところは限られていますから、僕が行った(時間の関係で『行けた』の方が正しいかも?)のは『グラバー邸』と『大浦天主堂』の2ヶ所のみ。
でも、エキゾチックな長崎の空気にふれる事が出来て大感激でした。
 中でも驚いたのが、長崎市のロケーションです。『グラバー邸』から見下ろした長崎市内の様子が、僕の住んでいる呉市と大変に良く似ている事です。なんだか初めて来る場所なのに、昔から見慣れた景色を見ているような錯覚に落ちいってしまいます。 よく考えてみると、呉市も長崎市も古くから造船業で栄えた街です。 やはり同じような地形の所に同じような産業が発展するんだなと・・・改めて勉強になりました。

『吉野ヶ里遺跡』です。僕が行ったのは8月の超暑い時期!影の無いこの場所では帽子が必需品です。左の建物は『物見櫓』と呼ばれています。敵の来襲を見張る為の物と言われています。・・・もしかして弥生版バンジージャンプ台なら素敵かも?右の建物はご存知『竪穴式住居』です。一見、屋根だけしか無いちょっとマヌケな形(弥生人さんゴメン!)をしていて、思わず笑いが出ますね。

 さて、明けて2日目、ちょっと無理して(本当は安いホテルが全て満室→かなり無理して宿泊)チャイナタウンの高級ホテルに宿泊した僕は、お昼前に広島に向けて高速道路に乗りました。
途中、長崎自動車道『東脊振』インター手前で『吉野ヶ里遺跡』の看板を発見!迷わず降りて見学(変な表現)に行きました。
テレビや新聞等で話題になり、一時期ちょっとした『古代ブーム』の立役者となったこの『吉野ヶ里遺跡』・・・1度は耳にした事がある方も多いハズ・・・
約600年も近く続いた『弥生時代』の前期〜後期、いわゆる全ての『弥生時代』の遺物が発掘されている大変に貴重かつ意味のある遺跡だそうです。
前期〜後期、全てを見る事が出来る・・・これは遺跡だから貴重と言えるのでしょうが、先日、修理を依頼されたランブレッタ3型には、前期のボディに後期のホーンキャスティングがついた困った車両・・・スクーターに関しては前期と後期のちゃんぽんは全く意味も価値も無いモノだったりしますね(苦笑)お後がよろしいようで・・・






『吉野ヶ里遺跡』から高速道路に行くまでの途中、『豆腐アイス』と書いてある旗を発見!もの凄く気になった僕は、キュキュっと車を横付けして、早速買ってみる事にしました。お店の中には佐賀弁をしゃべるおば〜ちゃんがいて、『毎日、湯布院(大分)から少量しか届かないんだぜ(注=この部分は標準語で書いてます)』と説明してくれました。でも、冷凍庫の中には“うなる程”豆腐アイスが山積みしてあったので、観光客化した僕はもしかしたら、『毎日少量入荷』の言葉に舞い上がってしまったのかも??
さて、豆腐アイス自体、味のバリエーションは沢山ありましたが、僕は大好物のバナナ味から行く事にしました。肝心のお味ですが、さっぱりしていて、とても美味しかったですよ。近郊に行かれた際は是非お試し下さい。

つづく→
ご存知『踏絵』です。グラバー邸の資料館に展示してありした。レプリカではなく本物だと思います。踏まなきゃ殺されたって言うのもムチャな話です。小学校の頃に社会の時間でこの事を習った時に、子供心に『踏めば命が助かったのに、とりあえず踏めばいいのに・・・』って思った記憶があります。大人になった今、歴史的な背景を考えた時、それほど信仰とは大切な物だったんだな・・・って感じずにはいられません。マインド的に重い展示品です。


グラバー邸から見下ろした『長崎市内』の風景です。海岸から直ぐに山が迫り来る感じは、僕の住んでいる『呉市』と大変によく似ています。ちなみに呉市は斜面地が多い為、平坦な場所は駅周辺しかありません。したがって地価が異常に高く、それに伴い賃貸料も“べらぼう”です。その為、市郊外の焼山地区や広地区へと人口が流失してしまい、かえって市郊外の方が活気づいてしまい、市の中心部は夜になるとゴーストタウンのようになっています。マジで笑うに笑えない状態です。地形の似ている長崎市も郊外の滑石地区周辺に人口が流出しているとの事・・・街の活性化と人口激減はどうしてもリンクして考えないとイケない難しい問題です。


日本3大祭りのひとつ、『長崎くんち』に使用される物も展示してありました。1634年(寛永11年)から始まったこのお祭りは『国指定重要無形民族文化財』に指定されています。長崎の友人いわく、くんちのかけ声と言うのがいくつもあり『もってこいー』とか『しょもーやれ』とか言うそうです。『早く来て見せて』と『アンコール』の意味だそうです。1度は見てみたいお祭りです。


こちらの写真は『吉野ヶ里遺跡』がある『吉野ヶ里歴史公園』のエントランス部分です。一見、コンサートホールを思わすようなかなりイカした外観です。中にはお土産物屋さんや食事が出来るスペースがありましたが、観光地のレストランにしては少々お粗末で、旅先では何でも美味しく食べる僕にしては珍しく、ほとんど食べずに残してしまいました・・・旅の楽しみは食べる事、少々がっかりです・・・




『竪穴式住居』の中の写真です。この住居を製作するにあたって、現代の最新の技術を駆使しつつも、当時行われたであろうと思われる手法を用いながら製作したとの事・・・お見事です!下側の写真は住居の中から見た外の風景です。何だか弥生人になった気がしませんか?(笑)




中には資料館のような所があり、当時の生活を伺い知る事の出来る日常品が展示してありました。『スゲー!本物だ!』って思ってよくよく見ると、『復元品』の文字が(苦笑)貴重な遺跡から出土した物を手の届く所に展示するハズがないか・・・



こちらは『吉野ヶ里遺跡』のイメージキャラクター、『ひみか』ちゃんです。水色の髪がスゴイです。なんだか、笑いながら叩いてきそうじゃないですか?